

官休庵外観
現在の官休庵は大正十五年【1926】、愈好斎の再建によるものです。入母屋(いりもや)造り柿葺きの出庇がある一畳台目の茶室で、道具畳と客畳との間に幅約15cmの半板が敷かれ、主客に余裕を持たせるよう工夫がされています。茶道口から入ると半畳分の板畳が踏み込みとなり、炉は向切り、台目の下座床がつき、杉柾柱(すぎまさばしら)を八角になぐって磨いた床柱に、床框には桧磨丸太(ひのきみがきまるた)が使われています。床の向かい側に下地窓(したじまど)、躙口の上に連子窓(れんじまど)、点前座には風炉先窓(ふろさきまど)が設けられ、高齢に達した者でも使いやすい水屋道庫(どうこ)が備わっています。
|

利休の曾孫(ひまご)で、武者小路千家の流租一翁の創建になる茶室官休庵は、武者小路千家の代名詞ともなっています。その長い歴史の中で安永、天明、嘉永の火災により幾度も焼失していますが、その都度、歴代当主により復興されました。
|

官休庵の床、踏込板畳と茶道口

|
| 道庫には二枚の杉ノネ板の戸をはめ込み、内側に竹簀(す)の子(こ)の流しと棚を拵えています。天井は白竹竿緑(しらたけさおぶち)の蒲天井(がまてんじょう)、踏込板畳の上は掛込天井と変化を持たせています。前庭に置かれた鎌倉時代の四方仏(よほうぶつ)の蹲踞も一翁遺愛のものです。 |
|
|
page top ▲
Copyright 2004 Mushakouji Senke / The Kankyuan Foundation
当ホームページに掲載されている内容の無断転載・複製を禁止します。
Produced by T-STEP