茶室のご案内

弘堂庵
弘堂庵外観
弘道庵外観

安永三年【1774】に直斎が創建した十二畳の茶室が原型ですが、天明八年【1788】の大火で類焼して一方庵と共に焼失し、一啜斎により再建された時に十五畳となりました。嘉永七年【1854】の御所焼けで再焼したため、現在の弘道庵は昭和十五年【1940】、利休居士三百五十年忌に際し、愈好斎(ゆこうさい)により再建されたものです。十五畳の広間に一間半の大床、一間の書院がつき、六畳半の水屋及び六畳の寄付、玄関土間と連なり、玄関の外は車廻しをへて武者小路通に面しています。沓脱石(くつぬぎいし)の上の扁額「弘道」は、茶の湯では愈好斎の直門であった近衞文麿(ふみまろ)公爵の筆になり、額の薄彫りは公の実弟でやはり直門の水谷川忠麿(みやがわただまろ)男爵によります。

弘堂庵内部
寄付より見た弘道庵内部
弘道庵前玄関
弘道庵前玄関
通用門
半宝庵
環翠園
行舟亭
祖堂
弘道庵
官休庵
起風軒
仰文閣

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