
環翠園前露地 |
八畳の空間に幅一間、奥行き半間の床の間を取り込んだ七畳敷の広間で、もと会津藩御用達(ごようたし)の矢倉家にあった直斎好みの茶室を、一指斎が譲り受け現在の場所に移築しました。その際、東側に台目(だいめ)三畳の鞘(さや)の間(ま)を新たに加え、広間としての工夫がなされ、北東の隅には濡縁(ぬれえん)を設け、立ち蹲踞が据えられています。 |
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環翠園の床と茶道口
屋根の切妻(きりづま)にかかる扁額(へんがく)「環翠園」は一啜斎と親交のあった出雲松江藩主松平不昧(まつだいらふまい)公の筆になります。蹲踞や外腰掛、空堀(からぼり)にかかる御影石(みかげいし)の石橋など、露地の風情ある景色が望めます。
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炉は四畳半切り、下座床(げざどこ)で、床柱は赤松皮付、床框(とこかまち)は縞柿、欄間(らんま)の独楽(こま)透かしは武者小路千家の定紋の独楽を象ったものです。

空堀
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